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神経治療最前線 海外学会参加報告

ASENT 22nd Annual Meeting

22nd Annual Meeting of American Society for Experimental Neuro Therapeutics (ASENT)

藤本陽子 ファイザー株式会社 バイオファーマシューティカルズ事業部門
中村治雅 国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナルメディカルセンター
荻野美恵子 国際医療福祉大学医学部医学教育統括センター
藤原一男 福島県立医科大学多発性硬化症治療学

ASENT 22nd Annual Meeting
Hyatt Regency Bethesda in Bethesda, MD
March 3-5, 2020

1.はじめに

2020年3月3日〜5日にワシントンD.C. べゼスダで開催されたASENT(American Society for Experimental Neuro Therapeutics)の第22回年次総会に、日本神経治療学会 国際化・創薬委員会の藤原委員長、荻野委員、中村委員、藤本委員の4名で参加してきました。

 今回のASENTの開催時期はちょうど新型コロナウイルスが全世界に拡散し始めた時期に重なりました。米国では初対面や再会時に握手やハグで挨拶をする習慣がありますが、本ASENTの学会ではCOVID-19感染を恐れて握手もハグをせず、肘を合わせての肘握手で挨拶に代えていたのが印象的でした。その一方でマスクをしている人は学会場に一人も見当たらず、空港でも同様で、日本とは大違いでした。COVID-19の影響で学会参加を断念した人もいたのかもしれませんが、今回のASENT参加登録数は過去最多とのことで例年と変わりなく活発な議論が行われ、同時進行で2セッションが行われた時には、立ち見が出たほどでした。今回もアカデミアに交じってFDAやNIH、企業(TAKEDA等)からの登壇が多く、神経疾患の治療の進歩を目指してアカデミア、行政、企業、支援団体の4者が同じ土俵で活発に議論するというASENTの価値は健在でした。

2.2018年ASENTの概要

ASENTの年次総会は日本神経治療学会の年次総会に比べて小規模で演題数が絞られていますが、最新の興味深いトピックスが抜粋されプログラムが組まれているのが特徴です。セッションの数が少ない分、論点が絞られており、時代とともに変わっていくトピックの変遷が明確に感じられるのも学会の魅力の一つです。

今年のASENTセッション全体を通じてのキーワードとして、イノベーションへのチャレンジ、ニューテクノロジーの応用、希少疾病の3つを取り上げその内容を報告したいと思います。

 もう一つ、今年のASENTの大きな特徴として日本神経治療学会との連携を今まで以上に全面に押し出していた点があります。初日のプレジデントシンポジウムの3つの演題のひとつとして「Current status of the academic invention for neurotherapeutics in Japan, and collaboration between JSNT and ASENT」が取り上げられ、中村委員がこれまでのASENTと日本神経治療学会との連携とアカデミア発の日本の神経治療の進歩について発表しましたので、これについても次章で紹介します。

3.ASENT 2020のキートピックス

初日の基調講演として、メイヨ―クリニック、チーフメディカルオフィサーで皮膚科臨床教授のClark Otley先生からChallenges to Innovation and Therapy Development in Contemporary Health Systemsというタイトルでメイヨ―クリニックにおけるイノベーションへの取り組みの紹介がありました。過去の統計では、成功するプロジェクト(なんらかのロイヤルティーを得られる)はたった7.5%、その中でも利潤を生みだす成果に結びつくのは1.3%、92.5%は失敗に終わっているとのこと。そしてイノベーションを起こすための一番の課題は「医師の時間の確保」であり、どうやって臨床医の時間を最大限活用するかが重要だと力説されていました。特にメイヨーでも、イノベーションを生み出す主な時間は、夜と週末だと述べられていたのが印象的でした。まさにその通りだと思いましたが、日本の医師に比べて時間的余裕があると思われるメイヨ―でもその点を一番の課題として明確に定義し、そのための施策を打って取り組んでいた点は素晴らしいと思いました。その他イノベーションを起こす上でのハードルとしてリストされていたポイントはほぼ日本と同様でしたが、それに対してきちんと解決策を打てている点が大きな違いでした。いわゆる死の谷(基礎研究から臨床応用へのトランスレーション)を埋めることに注力し、ここにフォーカスしたメイヨ―クリニックとしての各研究プロジェクトのサポートと資金調達に取り組んでいるというのが印象的でした(写真1のスライド)。特に驚いたのはメイヨ―クリニック全体でビジネス・ディベロップメント専属スタッフが75名もいるとのこと。そして現在メイヨ―クリニック内にある600個ものアイデアの臨床応用に向けて様々な専門性を持つスタッフがサポートしていると。その結果として、メイヨ―に700億円の収益を生み出し、それを資金に新たなイノベーションを起こす。これでは日本が太刀打ちできるわけがありません。

 2日目のランチョンセッションでNIHの研究助成金の公募の紹介がありましたが、ここで年間の予算は約1.2兆円と紹介されていました。いろんな意味で日本とは次元が異なっていて太刀打ちできるわけがないと思いました。私たち日本人としては、我が国の質の高い医療、優れた保険システム、丁寧なきめ細かな診療などの強みを活かして、治療の発展を目指していく方策を日本神経治療学会としても考えていく必要性を痛感しました。

***写真1

基調講演で、メイヨ―クリニックがどのようにしてイノベーションを生み出すかを語るDr. Clark Otley(左)と基礎研究の成果を臨床応用まで運ぶプロセスを説明するスライド(右)。メイヨ―クリニックは死の谷を埋めることに注力していることが示されている。

基調講演で、メイヨ―クリニックがどのようにしてイノベーションを生み出すかを語るDr. Clark Otley(左)と基礎研究の成果を臨床応用まで運ぶプロセスを説明するスライド(右)。メイヨ―クリニックは死の谷を埋めることに注力していることが示されている。

 学会全体を通じて遺伝子治療に関するトピックが複数あり、例えば2歳以下の小児における脊髄性筋萎縮症(SMA)に対するZolgensma(ヒトSMN遺伝子の機能的なコピーをadeno-associated virusベクターを用いて運動ニューロンに発現させる単回の静注療法)やGiant Axonal Neuropathy(GAN、gigaxoninタンパクをコードするGAN遺伝子のloss-of-function変異による小児の常染色体劣性神経変性疾患)に対するadeno-associated virusベクターを用いた正常コピーのGAN導入遺伝子による治療などが紹介されました。遺伝子治療の治験は、現時点で100を超える数が進行中で、今後の神経疾患の臨床が大きく変わっていくことが期待されます。最近までニューテクノロジーとして紹介されてきたものが、いよいよ臨床にイノベーションを起こす時代が到来しました。

そして遺伝子治療の臨床応用化と伴奏して、希少疾病という括りで語られるようになり、本学会でもいくつかのセッションのタイトルとなっていたのが印象的でした。神経疾患の中には希少疾病の中にカテゴライズされる疾患が多数あります。個々の疾患を取り上げて深く議論するのは限界がありましたが、希少疾患として共通の課題について検討し、解決策を考えていくのは日本神経治療学会としても取り組むべきと思いました。例えば症例数が少ない中でどのようにして臨床データを集積していくかというのもその重要な課題の一つで、本ASENTの中でもカルテ情報をどのようにして治験に利用していくかについて議論するセッションがありました。

治療のイノベーションとして、ある意味遺伝子治療とは対極にありながら本ASENTで盛んに議論されていたテーマとして、経頭蓋磁気刺激を用いたrTMS治療(反復経頭蓋磁気刺激治療)によるニューロモデュレーションがありました。うつ病に対するrTMS治療は日本でも保険適応になりましたが、米国では片頭痛の治療にもrTMS治療がFDAに認可されています。そしてTMSで多発性硬化症の脱髄病変の経時的変化を評価するといったバイオマーカーとしての紹介もありました。イノベーションには既存の技術を臨床応用することによるものも多くあります。むしろこういうところでは日本がもっと活躍できるのではないかと思いました。

3.ASENT 2020のキートピックス 

プレジデント・シンポジウムでは、日本神経治療学会にとってASENTとの連携は財産であり、今後さらなる進展を期待しているという想いを込めて、中村委員が「Current status of the academic invention for neurotherapeutics in Japan, and collaboration between JSNT and ASENT」と題して講演しました。日本神経治療学会の紹介から始まり、これまでのASENTとの連携の歴史、そして日本のアカデミア発神経治療薬剤等の近況について紹介しました。特に、ASENTとの連携においては、当初から国際化・創薬委員会が中心となって連携を進めてきた歴史を紹介しました。2010年のASENT年次総会まで遡り、藤岡委員、織茂委員が参加してから、翌年以降は藤原委員、荻野委員、藤本委員、そして医薬品医療機器総合機構からも宇山先生にご参加いただき交流が開始されてきたこと、また、2011年にDr. Robert W. Hamil、2018年にDr. Thomas Sutula、そして2019年にはDr. Andrew J. Coleに来日いただき神経治療学会学術集会で素晴らしいご講演いただいたこと、このような活動を通じてさらに連携が深まったことも紹介しました。また、今回のシンポジウムの主題の一つがアカデミアのイノベーション創出でもありましたので、日本のアカデミア発のさまざまな脳神経内科領域の治療薬開発状況を紹介しました。国内臨床試験結果がNew England Journal of Medicine、Lancet Neurologyなどの著明な雑誌に掲載されている開発医薬品の例や、日本の再生医療等製品の開発に向けた動向と神経疾患で臨床試験が始まっていることなどがその内容に盛り込まれました。

パネルディスカッションにおいては、イノベーションに対する取り組みについて、パネリストが所属するそれぞれの立場から発言し、活発な議論が行われました。パネリストから紹介されたメイヨークリニックの支援組織はかなり巨大なものであり、日本の中でこのような組織を構築するのは無理だろうと、いささかネガティブな気持ちになりかけはしましたが、日本の強みや特殊性を考慮して日本の実情にあったモデルを構築していく重要性に気づく機会になりました。また、患者さんのイノベーションにおける位置づけの重要性ついても会場から意見があがりました。現在のイノベーションは、患者を巻き込んだ“Patient involvement”の視点も重要と再認識させられ、神経治療学会としても患者さんとの連携を今後より考えていく必要があると思われました。

今回の発表で、日本神経治療学会とASENTとの連携がさらに強く認識されることとなり、日本(神経治療学会)と米国(ASENT)の国際的連携により神経治療の進歩により貢献していこうとの想いをASENT参加者の方々と共有することができました。

***写真2

日本神経治療学会を代表して講演する中村委員(左)とプレジデントシンポジウムのパネルディスカッション(右)。左からDr. John Richert, Dr. Carole Burns, Dr. Clark Otley, Dr. Rana Quraishi, そして中村委員。

日本神経治療学会を代表して講演する中村委員(左)とプレジデントシンポジウムのパネルディスカッション(右)。左からDr. John Richert, Dr. Carole Burns, Dr. Clark Otley, Dr. Rana Quraishi, そして中村委員。

5.おわりに

例年開催されているASENTのファカルティ‣ディナーは、日本神経治療学会からの参加した私たちを歓迎する会として開催下さいました。ディナーも日本神経治療学会とのコラボレーションを考えたメニューとのこと(写真3)。ASENT会長Dr. Sutulaの挨拶も日本の神経治療学会を称える内容でした。両学会が連携を始めて11年が過ぎ、良好な関係が確立したことを嬉しく思う反面、日本神経治療学会としてASENTに対してどのようなプラスの効果をもたらしているのか、両学会の連携によって神経治療の進展に寄与しているのだろうか?と思うと甚だ疑問に思わざるを得ませんでした。日本神経治療学会としてはASENTとの連携によりさまざまな学びがあり、学会に良い影響を及ぼしたと思います。特にASENTの進める行政、企業、支援団体の連携からの学びは、毎年の年次総会のPMDAとのジョイントシンポジウムや、企業を巻き込んだ創薬のためのシンポジウムの開催などにつながりました。今後は日本神経治療学会からASENTに対してどのようなプラスの影響を及ぼすことができるかを検討し、実行に移していくべしと痛感しました。そして本質的な連携の目的として、両学会が共同で取り組むことで神経治療の進展に寄与する方法を考え、取り組んでいきたいと思います。

***写真3

ファカルティ・ディナーで今後の日本神経治療学会とASENTとの協業について議論する藤原委員、荻野委員、藤本委員(左)と日本神経治療学会とタイトルが記されたディナーメニュー(右)。

ファカルティ・ディナーで今後の日本神経治療学会とASENTとの協業について議論する藤原委員、荻野委員、藤本委員(左)と日本神経治療学会とタイトルが記されたディナーメニュー(右)。

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