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神経治療最前線 海外学会参加報告

American Academy of Neurology (AAN) Annual Meeting 2025

AAN2025

San Diego Convention Center, San Diego, USA
2025年4月5日〜9日

岐阜大学大学院医学系研究科
脳神経内科学分野
大野 陽哉

 2025年4月5日から9日にかけて、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴのサンディエゴ・コンベンションセンターで開催された、アメリカ神経学会(AAN)の年次総会に参加しましたのでご報告いたします。

 今回の学会では、「非定型パーキンソニズムにおける抗神経抗体の検討」という内容でポスター発表を行いました。研究のコンセプトや抗体陽性例の臨床的特徴を含め、非常に多くの方から質問をしていただき、有意義な議論ができました。日本の学会では、小グループに分かれて順番にプレゼンをしていくような形式が多いですが、AANは約1時間ポスターの前に立ち、参加者の質疑応答を受けるような形式でした。ポスターの内容を通しでプレゼンする事前練習を行ってきたのですが、質問が中心であったため、練習通り全て説明する機会は多くありませんでした。しかし、質問に答えるための英語表現を思い浮かべる際に事前練習で覚えた表現を利用することが多く、練習の意味は大いにあったと感じられました。また、AANのポスターは、データをアップロードしてモニターの画面に映し出すeポスター方式であり、ポスターの印刷や会場までの持ち運び、ポスターの回収といった手間がなく、直前までポスターの内容の修正も可能でした。学会発表に関わる負担が大幅に減り仕事の効率化につながるため、日本の学会でもぜひ導入してほしいと思いました。AANでは、ほとんどの日でポスター発表の時間が1日3回あり、他の参加者のポスター発表を見て回る機会が多くありました。ポスター見学者としての立場からは、発表者が常にポスターの前に立っているため、発表者に直接質問を行い、情報交換をしやすかったように思いました。ポスター発表の会場に立っている発表者の多くは医学生やレジデントを含む若手で症例報告や臨床研究を中心とした発表を行っており、早い段階から研究に携わっているように見えたのが印象的でした。

 学会期間中、神経眼科・神経耳鼻咽喉科関連のハンズオンにも参加しました。眼底鏡や眼球運動、視野、眼振、瞳孔、前庭機能などの評価について、小グループに分かれて20分ずつ神経眼科・神経耳鼻咽喉科を専門とする医師からの解説・実技がありました。これまで学んだ内容の復習になった部分もありましたが、視力の表記方法や視野障害の評価方法など、日本で学んできたやり方とは異なる点もあり、新たな知識を得ることもできました。またこれまでにあまり見たことがなかった診察物品の使い方も知ることができました。ハンズオン自体は高額ではありましたが、貴重な経験となりました。その他、今回は参加していませんが、Advanced Practice Providersのための神経診察のセミナーや、てんかんに対するニューロモデュレーションなど日本ではあまり見ないハンズオンのセミナーがありました。

 日本の学会では毎年異なるトピックスが選ばれて講演が行われる印象がありますが、AANの講演は非常に規模が大きいこともあり、神経解剖学から最新のトピックスまで、神経学の全分野が網羅されているように思えました。一方で、講演の内容に関しては、日本の学会で行われるシンポジウムと似通った内容も多く、日本の学会のレベルの高さを再認識しました。日本にはあまりない視点だと感じたのは、医療の公平性に関する話題です。米国において、非英語話者は入院中のせん妄の頻度が高い、アジア系の米国人は臨床試験への参加が少ない、田舎の住民は都会の住民と比較して転移性脳腫瘍の死亡率が高いなどの話題が、多数取り上げられていたのが印象的でした。人種をはじめとした多様なバックグラウンドを持つ人々が居住する米国ならではの課題を知りました。

 近年、脳神経内科医のバーンアウトが取り上げられるようになっていることから、AANの取り組みについても意識的に聴講しました。バーンアウトの対策として、個人レベル、集団レベル、組織・国レベルで異なるアプローチがあり、個人ではレジリエンス、集団レベルではリーダーシップ、組織・国レベルではアドボカシーが大切だと言われています。個人レベルでは、「生きがい(Ikigai)」について考えるセッションや、Life Values Inventoryという質問票を用いて自身の価値観を明確にするセッションなどがあり、自分自身のことを深く理解することの重要性を学びました。また、学会会場にはハンモックや折り紙、クイズラリー、ピックルボールの会場など楽しめるものが多数設置されていました。仕事のことばかり考え続けるのではなく、時には楽しみを取り入れたり、体を動かしたりすることが脳の健康につながるというメッセージを感じました。リーダーシップについては、Leadership universityという名前の1時間程度のセミナーが多数開催されていました。私が参加したのは、polarityに関するセミナーでした。Polarityとは安定性と柔軟性など、利点と欠点を併せ持つ対立概念のことで、リーダーとしてどのように対立構造を認識し、バランスを取っていくかという内容が開催されていました。また、アドボカシー(医療現場における課題に基づいて、政治に対し働きかけを行うこと)に関しては、今年の会長講演において、一人一人がアドボカシーに参画することの大切さが説かれていました。その中では、医療サービスを受ける前に、保険会社に事前承認を受けるprior authorizationという米国の制度が取り上げられていました。この制度が医師にとっての手続きを増やし、大きな負担となっているようであり、オンラインでの署名が呼びかけられていました。このほかにもAdvocacy Dayと称してアドボカシーに関するセミナーが多数開催されていました。学会の政治的な取り組みについて、上層部だけではなく一般の会員も興味を持ってもらうような活動を行っている点は新鮮に感じました。

 学会の合間を縫って、サンディエゴで最も有名な公園であるバルボアパークに観光に行ってきました。学会場から徒歩圏内のバス停から15分ほどで行くことができる位置にあり、美しい建造物や池、噴水などを眺めながら散策しました。桜など様々な花が咲き誇る日本友好庭園や、サンディエゴで最も歴史ある自然史博物館にも訪問しました。また、サンディエゴの街中や学会会場ではタコスやブリトーといったメキシコ料理を味わう機会を得ることができました。朝夕は肌寒い時もありましたが日中は暖かく、日差しも強すぎず、また旅行中全く雨も降らなかったため、非常に過ごしやすい気候でした。

 今回AANに参加することができたことは、学術的な視野を広げ、他国の脳神経内科医との交流を深めることにもつながりました。奇しくも学会の参加をきっかけとして日常の多忙な業務から一度切り離され、違う文化を体験できたことが気分転換になり、今後の仕事を行う上での活力が湧いてきたようにも思います。これが、AANが提唱する個人レベルのバーンアウト対策の一面なのかもしれません。このような機会を与えてくださった医局の先生方に感謝申し上げます。

Fig.1

ピックルボール会場

Fig.2

会場内に置かれたハンモック

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