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神経治療最前線 海外学会参加報告

19th ISPOR 2016

ISPOR 19th Annual European Congress

ファイザー株式会社 メディカル・アフェアーズ統括部
藤本 陽子

International Society for Pharmacoeconomics and Outcomes Research 19th Annual European Congress
Austria Center Vienna, Vienna, Austria
2016年10月29日〜11月2日

1. はじめに

2016年10月29日から11月2日にかけて、オーストリアのAustria Center ViennaにてISPOR第19回ヨーロッパ会議が開催されました。“Managing Access to Medical Innovation: Strengthening the Methodology-Policy Nexus”のテーマのもと、85ヶ国から4800人の参加者がありました。このISPOR会議について所感を交えながらレポートしたいと思います。

2. ISPORとは

ISPOR(International Society for Pharmacoeconomics and Outcomes Research)は、米国ニュージャージー州に本部事務局を置く、医薬経済学とアウトカム研究に関して世界最大の国際研究機関です。https://www.ispor.org/

近年、我が国でも医療技術評価(HTA: Health Technology Assessment)について語られる機会が多くなり、医薬経済学とアウトカム研究への関心が高まっていますが、古くから医薬品の保険償還にHTAが用いられていた欧米では、費用効果分析(Cost effectiveness analysis)や患者報告アウトカム(PRO: Patient Reported Outcome)は重要な学問分野として位置付けられています。研究者の層も広く、欧米と日本との違いを感じる分野の一つです。

ISPORでは研究者の育成に力を入れているのが特徴のひとつです。今回のISPORヨーロッパ会議でも、初日2日間で30を超える教育プログラム(Short Course Session)が提供されました。私も過去のISPOR会議も含めいくつかのセッションに参加しましたが、1セッションは4時間または8時間と長丁場で密度の濃いプログラムです。参加者は国際色豊かであることに加え、専門性も臨床医学や薬学の他に、医療経済学、社会学、統計学と多岐に渡るため、多様なバックグラウンドを持つ人たちが一つのテーマに関して同じ教室で学び議論するという、他にはないダイナミズムが感じられました。

3. 神経疾患治療関連トピックス

全2257演題中、神経疾患に関する演題は口演が4演題、ポスター発表が77演題の、合計81演題でした。ISPORは医薬経済学とアウトカム研究の学会ですので、演題の多くが治療の長期的なアウトカムに関する研究や経済効果に関する内容です。その研究題材としては臨床試験結果の他に、レセプトデータベースや、カルテデータベース、疾患レジストリーなど、いわゆるリアルワールドデータを用いた後ろ向きデータベース研究(Retrospective database analysis)、後ろ向き非介入研究(Retrospective non-investigational research)、あるいは後ろ向きコホート研究(Retrospective Cohort Study)と呼ばれる研究が多く見受けられました。日本でも近年非常に注目されている分野ですが、欧米が先行している現状を目の当たりにしました。その他メタアナリシスやシステマティック・レビューの結果を発表する演題もありました。

疾患としては、演題の半数を占める41演題が多発性硬化症で、そのうちの32演題が多発性硬化症の治療アウトカムと医療費に関連した内容でした。多発性硬化症では、Fingolimodや、近年NatalizumabやAlemtuzumab等の高額な新規治療薬が続けて登場したため、これらの薬剤の実臨床における治療効果や医療経済性を比較検討した研究が盛んに行われていることが伺えました。新規治療薬の治療選択の根拠はランダム化比較試験(RCT: Randomized Controlled Trial)であり、RCTはメタアナリシスやシステマティック・レビューに次いでエビデンスレベルが高いとされています。けれども治療や経過が複雑な疾患に関しては、本学会で発表されるような実臨床における長期観察研究の価値ももう少し重視されるべきでは思いました。患者さんの治療にあたっては、当然のことながら治療アウトカムが最重要ですので、医療費の話を持ちだすのが憚られますが、高額な医療が最良なアウトカムをもたらすという根拠はなく、同じ治療アウトカムがいかに医療費を抑えて得られるか、という議論は我が国の医療費高騰の現状を踏まえると極めて重要と思います。ISPORの学会で語られる内容が、神経治療学会のような場でも議論されるべきなのかもしれないと思いました。

多発性硬化症に次いで演題数が多かった疾患は、アルツハイマー病をはじめとする認知症の11演題、パーキンソン病、てんかん、片頭痛がそれぞれ5演題と続きました。これらの疾患でも実臨床データベースを用いた研究が大部分を占めましたが、医療経済性のテーマよりもQoL(Quality of life)や、疾患背景因子、予後予測因子といった内容の研究報告が目立ちました。

4. その他のトピックス

今回のISPORでは、バイオシミラーに関する演題が目立って多く見受けられました。教育講演、ワークショップ、パネルディスカッション等、バイオシミラーをテーマとしたセッションがプログラムに多く組み込まれていたことに加え、バイオシミラーに関連するポスター発表も50演題程ありました。その背景には、高額なバイオ医薬品の経済的負担を減らす目的で、ヨーロッパ各国が独自のインセンティブや保険償還に基づいてバイオシミラーの推進に取り組んでいるという現状があります。我が国に比べてバイオシミラーの活用が進んでいるヨーロッパでも、バイオシミラーの推進に向けての理解度の向上や政策やガイドラインの整備など、我が国と共通の課題に取り組んでいることが分かり印象的でした。

5. 最後に

今回参加したISPORヨーロッパ会議の他に、ISPOR米国会議、ISPORアジア・パシフィック会議、ISPORラテンアメリカ会議の4種類の国際集会があり、次回のISPORアジア会議は2018年秋に東京で開催される予定です。
我が国はHTAの本格導入が遅れたこともあり、医薬経済学とアウトカム研究の分野は総じて遅れを取っていますが、東京での開催に向けて現在施行段階にあるHTAの導入が進み、2018年の東京大会では、開催地に相応しい質と量の発表が日本からなされることを願います。
神経内科医の間ではISPORの認知度は低いですが、社会学的な側面は、神経疾患の治療において避けて通れない問題ですので、ISPORのような学会を通じて、より包括的な視点で神経治療を捉えていくことも重要と思いました。

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