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神経治療最前線 海外学会参加報告

ASGCT2021

ASGCT2021

青木吉嗣(Yoshitsugu AOKI, MD, PhD)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP)
神経研究所 遺伝子疾患治療研究部

ASGCT2021

米国遺伝子細胞治療学会(American Society of Gene&Cell Therapy)第24回年会は、2021年5月上旬にバーチャル会議として約6500人を集めて開催された。遺伝性疾患を対象にした核酸医薬やアデノ随伴ウイルスベクターの承認と並んで、癌を対象にした腫瘍溶解性ウイルスの相次ぐ承認は注目される。さらには、ゲノム編集治療や、mRNAとナノ粒子を用いたCOVID-19ワクチン開発の成功など、医学の歴史的な節目に立ち会っていることを感じる会であった。Russell大会長が、CRISPRゲノム編集を例に、遺伝子・細胞治療の基盤技術が先端治療開発を加速させている現状を強調した点は印象的であった。

遺伝子治療開発には、第I相臨床試験までに約30億円、基盤技術の開発から製品化に至るまでに1000億円以上の費用が必要とされる。欧米では革新的な技術を元にベンチャー企業を立ち上げて、臨床試験までの研究資金を投資家から調達する開発の流れが主流である。これを反映してか、企業人の学会参加割合が極めて多い。有望な成果が得られれば、製薬企業に開発プログラムあるいはベンチャー企業を譲渡して、製品化を達成するケースが相次ぐ。
一方、日本は遺伝子治療開発において独自の最先端技術を持っているにもかかわらず、臨床応用は欧米に大きな遅れを取っている。最大の要因は資金調達の難しさにあるとされる。本邦では研究開発の主体は未だにアカデミアであり、さらには、ベンチャー企業を立ち上げたとしてもベンチャーキャピタルからの資金調達額は欧米水準の100分の1程度と少なく事業として成功するのが難しい。本邦では、競争的資金の種類も金額も限られ、遺伝子治療法開発の大きな足かせになっている。

核酸医薬治療

オックスフォード大学のWood博士は、希少遺伝性遺疾患を対象にした遺伝子治療法開発基盤は、いずれ、癌、心疾患・認知症等のより一般的な疾患に対して応用されるとの展望を述べた。これを実現するには、技術革新により核酸医薬品の大量製造と、費用対効果が見合うことが必要である。さらには核酸医薬品の安全性を確保しながら、核酸医薬を標的の細胞や組織に効果的にデリバリーする技術の向上は、精密医療の実現に重要である。

がんの腫瘍溶解性ウイルス治療

マサチューセッツ総合病院神経外科の名誉主任であるMartuza博士は、選択的に腫瘍細胞を除去する腫瘍溶解性ウイルスに関する先駆的な研究で知られる。同博士らは、ウイルスの複製に必要な活性型チミジンキナーゼを産生できない単純ヘルペスウイルスを用いて、マウスに移植したヒトグリオーマの治療可能性を最初に報告した(Science、1991)。チミジンキナーゼは腫瘍細胞には豊富に存在するが、健常な脳細胞には存在しないため、ウイルスは腫瘍内でのみ複製でき、腫瘍を選択的に死滅させる。2021年5月時点で、がんを対象にした腫瘍溶解性ウイルスの開発に関する119件の研究が進行中であるという。

ゲノム編集技術

2020年のノーベル化学賞は「CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集技術」に対して授与された。共同受賞者のDoudna博士は、細菌の適応免疫システムを理解したいという好奇心に駆られて研究を進めたという。細菌の40%および古細菌の90%、さらにはメガファージも獲得免疫システムであるCRISPR/Casを持つが、真核生物では見出されていない。これまで他家造血幹細胞移植に頼らざるを得なかった、慢性溶血性貧血の鎌状赤血球症や先天性溶血性貧血のβサラセミアを対象に、生体外でCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集治療を行った自家造血幹細胞の移植に関する第1/2相臨床試験では、貧血等の改善を認めたことは驚くべきことだ。Doudna博士によれば、体内でのゲノム編集治療の興味深い標的は骨格筋であり、脳室内・髄注等の投与ルートを選択すれば脳も標的となる。重要なテクノロジーを創出するためには、基礎科学、応用科学、起業家精神の全てが必要との言葉には説得力があった。

COVID-19ワクチン開発

パンデミック終息に向けて、世界中でワクチン接種を奨励し、集団免疫を獲得することが重要だ。COVID-19ワクチンの迅速な開発を実現するには、ステークホルダーの協力関係の強化とリスクを覚悟した投資の重要性が強調された。米国FDAは欧州医薬品庁と協力して薬事規制の緩和と承認審査の迅速化を進めると同時に、ワクチン製造能力のあるファイザー製薬に白羽の矢を立てた。同社は、mRNAを有効成分とするインフルエンザワクチン製造能力を構築しており、塩基配列をCOVID-19(SARS-CoV-2)のものに置き換えるだけで迅速に開発を進められた。さらには、中東呼吸器症候群(MERS)ワクチンの基盤技術もCOVID-19ワクチン開発に応用された。現在、上気道粘膜免疫を選択的かつ強力に高めた吸入型ワクチンの開発も進む。最近話題のCOVID-19変異体については、血清学的試験により全て検出でき、ワクチンは良好な効力を有する。パンデミック終息に向けた懸念の一つは、ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)感染を含めた免疫不全状態の患者体内で、変異体が新たに出現するとの報告である。ワクチンの重篤な副作用は、アナフィラキシーと血小板減少を伴う血栓症候群(血栓性血小板減少症症候群) (TTS) である。パンデミックが終息すれば、ワクチン安全性の基準は変わるかもしれない。

パンデミックの副産物

新型コロナウイルスのパンデミックを契機に、被験者のリスクや負担を軽減しながら試験を実施する手段として、ビデオ通話によるオンライン診療やウェアラブルデバイスを活用した、被験者が通院をせずに遠隔で進めるバーチャル臨床研究(試験)に注目が高まっている。リアルワールドエビデンスの活用や医薬品の費用対効果、Patient Centricity、患者・市民参画(PPI)といった考え方へのシフトなど、医薬品開発を取り巻く環境の変化もバーチャル臨床研究の試みを促進している。例えば、白質変性症の1つであるカナバン病の自然史研究は、完全にバーチャル臨床研究に転換された。このアプローチは、地理的に分散した希少遺伝性疾患を対象にした遺伝子・細胞治療開発を加速する可能性がある。

以上、遺伝子細胞治療学会第24回年会を視聴し、注目した内容を整理してお届けした。

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