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神経治療最前線 海外学会参加報告

18th ASENT 2016

18th American Society for Experimental Neuro Therapeutics (ASENT) 報告

第18回米国実験的神経治療学会(ASENT):医薬品・医療機器の開発、治験推進を目的とする医師、規制当局、製薬会社、患者支援団体の総合的なフォーラム

東邦大学医学部内科学講座神経内科学分野 藤岡俊樹
国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター 臨床研究支援部 中村治雅

The ASENT 18th ANNUAL MEETING
March 17 - 19, 2016
Marriott Bethesda North Hotel & Conference Center
North Bethesda, MD / USA

1.今までの経緯

 日本神経治療学会(JSNT)は2010年から毎年ASENT年次総会に当時の国際化ワーキンググループ(現国際化・創薬委員会)のメンバーを派遣してきた。これは、国際的な神経治療学会を設立する機運が高まっていたASENTから2008年頃にJSNTに協力の要請があったことをきっかけにして、ASENTの実情を視察し、なおかつ、ASENT年次総会に欧州の学術団体や規制当局の代表者が参加するのにあわせ国際的な組織の設立を模索するためのものであった。各国・各地域の行政上の体制がまちまちであることから国際的な団体の設立は当分見送ることになったが、産官学と患者団体からの参加者が一堂に会して新規治療薬・機器の開発における問題点を話し合う場面に接して帰国したJSNT会員は大いに刺激を受けて、その後のJSNT総会の運営に提言をしてきた。 今年も2名の国際化・創薬委員会委員(藤岡、中村)を年次総会に派遣した。

2.2016年ASENT年次総会全体を通じて

 一昨年と同じMarriott Bethesda North Hotel & Conference Centerにおいて開催された。参加人数は昨年までとあまり変わらなかったが、会場入り口に掲げてある(プログラムにも示されている)業会各方面からの寄付額の最高額が増加していた。またbusiness meetingでは各年の会員数の推移が報告されたが一昨年減少した会員数が、昨年は盛り返していた。総会と同時に、医学生や若いレジデントを対象とした治験・創薬についてのワークショップも開催されていて、休み時間となると急に参加者が若返るようで面白かった。

3.総会プログラムと主な内容

a) 第一日

 会長のDr.Federoffのwelcome speechに続いて、MINDSとNIDAから新規神経治療法の開発をさらに活発化するためにASENT主導のグラントを追加申請することが報告された。現状の5年単位のグラントでは研究の進歩に追いつかないことも報告され引き続きsymposiumに移った。午前と午後にそれぞれひとつずつ、symposiumが行われた。午前中のfirst symposiumはpsychedelic agency、午後のsecond symposiumでは神経治療デバイスについてであった。

i)
psychedelic agency:主にセロトニン系に作用して認知・知覚の変容をもたらす精神作動薬である。これらは、脳内の刺激伝達のhubである前後帯状回と視床の活動を抑制し、感覚・運動・認識の統合がいったん不可能となり、別の神経回路網ができあがるために作用を示すとされ、適切な使用はうつの治療に有用とのことである。
LSDやmagic mushroomといった薬剤が含まれており反社会的な香りが漂ってくるが、シンポジウムではこれらの薬剤の医学的利用についての新たな治験、薬物乱用を治療するための特異的阻害薬(adenovirus based cocaine vaccineやanti-meta-amphetamine抗体なども含まれる)の開発についての現状などが真剣に討議され、特にmagic mushroomの成分であるpsilocybinの治験、将来性についての発表は非常に興味深いものであった。
ii)
神経治療デバイス:物理学や電気工学などの基礎科学の進歩がデバイスの進歩に直結しており、そのペースはかなり速い。デバイスも小分子薬物も電気信号を介して神経系の作用を修飾する点が似ているが、反応が速く得られる点はデバイスの方が勝っている。このシンポジウムでは6名の演者が、デバイスに関したregulation、生理学、末梢神経・脊髄刺激の現状、脳刺激の現状、デバイスの開発に向けたグラントの説明がなされたが、演者の所属はFDA3名、Academia 2名、NIH 1名であった。最後のパネルディスカッションでは実際に迷走神経刺激装置を埋め込んで治療を受けている患者さんが最初に登壇し、趣味のマラソンを埋め込み術10日後に再会して支障なくよいタイムで完走した自分の体験を話し喝采を浴びていた。 デバイスメーカーは小さい企業が多く新製品開発に余裕が無いこと、surrogate markerの設定が遅れていること、トライアルでfalse positiveを除外する方法などが討議された。

b) 第二日
この日だけbreakfast lectureが設けられていてgene-based therapy for PDの発表があった。目的とする症状により遺伝子を導入する部位が異なるのでMRIガイド下でstereotaxic operationが可能な装置を開発中であり針の形の工夫で注入後の逆流を防ぎウィルスベクターが拡散しないようにしたりしている。現在第1相試験中とのことであった。その後、ASENT名物 pipeline sessionとなった。合計20演題を、昼休みをはさんで夕食まで討議した。演者の内訳は 企業 13(うちventure企業が11)名、academia 4名、政府関連 3名であった。新規治療薬に関するものが非常に多いが、医療材料、遺伝子治療、デバイス、トランスレーショナルリサーチを促進するプログラムなどが含まれていた。我が国では通常使用されている漢方薬と思われる薬品を実験的筋痙攣に使用した効果なども発表されていた。また同日にはポスター発表もあり(pipeline posters)pipeline session で発表した演者やそのグループからの発表が主体であるが、全体で33のうち日本人の発表は2件だけであった。これから増やしていければよいと思う。


c)第三日
第一日目と同様に半日のsymposiumが2個、行われた。午前は、国際symposiumと銘打ってbiosimilarについて、歴史、バイオ薬品として共通の特徴、開発の現状、FDA、 PMDA、 MHRAそれぞれの地域でのregulationの実情を話し討議した。午後のsymposiumでは、神経変性疾患の治療におけるlife style改善の意義について討議された。

i)
biosimilarについて:昨日までの会場とは異なり小さな会議室で、ラウンドテーブルディスカッションとなった。国際シンポジウムということで、当会に日本からのプレゼンター参加を求められていたため、PMDAの佐久嶋先生にお願いし、我が国でのbiosimilar 認可の現状についてご発表いただいた。また、ヨーロッパからの代表としてSir RawlinsがUKでの現状を報告した。UKではブランド名で処方してinterchangeableになっているそうである。また、生物学的製剤が高価になっている点を解決する方法として、インドで世界的なレベルのbiosimilarを生産する企業が立ち上がっており、そこに移籍した研究者が現状を報告した。もともとバイオ医薬品は免疫原性があり、完全に複製を作るのは困難であるが、高品質のbiosimilarが適切な方法で生産されることは医療費抑制(特に発展途上国で有意義)に極めて有用であるので、適切な規制方法の確立が急がれる。
ii)
life style:生活様式の調整でtelomeraseの発現が上昇することが知られておりその結果、発癌、狭心症やDM発症が減ったことが報告されている。そのため神経疾患患者のlife style調整が注目されている。MS治療において疾患修飾治療が救いになっていないと答えるMS患者が多く健康に対する見解が多数あることを示している。実際にMS協会の健康増進プログラムではQOLの改善、転倒しないことや認知機能保持を通してMSと共によく生きることを目的としている。このプログラム実施の結果が待たれるところである。有酸素的運動をすると神経成長因子の発現が増加することがしられている。パーキンソン病(PD)患者に自転車レースの練習をさせるとmicrographiaが軽減する。自発的運動と受動的運動の効果を比較すると二人乗り自転車の後席に乗って自転車を漕いだ受動的運動のほうがPD 患者のADL改善によい効果が上がった。疾患によって、よい作用を生む運動の種類は異なるようだが、運動習慣があることは神経疾患と共に生きる時には大きな助けになりそうである。

4.学会を終えて

 今までのASENT総会は2月に開催であったため常に路面には雪が見えた。特に大雪に見舞われた昨年の経験からか、今年は3月に開催され、木々の花も美しくいつものASENTとは異なった雰囲気での参加であった。しかし、最終日の夕食は突然、吹雪となりやはりこの学会に雪はつきものだと思った。昨年までとは異なり会議の構成は毎日変わり、luncheon table discussionもなくなって少し緩やかになった感がある。しかし、出席者の構成は相変わらず多彩であり、特に規制当局からの出席者や患者さんの話を聞けるのは非常に刺激的であった。また人材育成に学会が果たす役割がかなり大きくなっているように感じ、日本神経治療学会の今後にも参考となると思われた。次回のASENT総会は2017年3月14日〜19日、Hilton Washington DC/Rockville Hotel & executive meeting centerで開催される。一般演題への本学会会員各位の発表をお願いいたします。

写真1 : メイン会場で朝食を食べながら開会を待つ

写真2 :ポスター会場で

写真3 :最終日のシンポジウムにて

写真4 :会場ホテル前の桜

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