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神経治療最前線 海外学会参加報告
American Academy of Neurology (AAN) Annual Meeting 2025
Late-Breaking Science Session発表報告
三叉神経痛急性増悪に挑んだ世界初のRCT─ 想像を超える未来へ
San Diego Convention Center, San Diego, USA
2025年4月5日〜9日
中村記念病院 脳神経外科
野呂秀策、中村博彦
この文章が、どこかで誰かの背中をそっと押すきっかけになれたなら、これ以上の喜びはありません。小さな挑戦の物語に、どうか少しだけお付き合いください。
2025年4月、米国サンディエゴで開催されたAmerican Academy of Neurology(AAN)年次総会で、私はLate-Breaking Science Sessionに登壇する機会をいただきました。世界最大級の神経学の国際学会AANには、110か国から14,500人以上の医師・研究者が集い、3,100件を超える最先端の研究が披露されました。最新の知見が交差し、未来の神経医療を切り拓くこの舞台に立てたことは、私の人生においてかけがえのない経験となりました。
Late-Breaking Science Sessionは、その年に発表された最新の研究成果のうち、特に学術的インパクトが大きいと認められたものに与えられる特別な発表枠です。採択はわずか18演題。6分間の口頭発表に続き、30分間のポスターセッションという形式で実施されました。さらに、このセッションには厳格な「Embargo(報道解禁)」規定が設けられ、発表時刻まではメディアやSNSでの情報公開が一切禁止されていました。そして発表の瞬間には、世界中の医療関係者や報道機関の視線が一斉に集まり、まさに“世界の医療の潮流を変える瞬間” とも言うべき緊張感の中で、私は覚悟をもって臨みました。
今回発表したのは、急性三叉神経痛に対して静脈内ホスフェニトインを用いる新しい治療法(IFT)に関する臨床研究、いわゆる「IFT Study」1の最終結果です。三叉神経痛は、電撃痛と形容される激烈な痛みにより、日常生活が著しく制限される疾患です。カルバマゼピンなどが第一選択薬として知られていますが、急性増悪時においては、即効性があり安全に使用できる治療薬がこれまで存在していませんでした。
私たちは、静脈内ホスフェニトインの急性期投与によって疼痛が速やかに改善する可能性を見出し、日本国内6施設2の協力のもと、世界初の多施設ランダム化プラセボ対照二重盲検比較試験を実施しました。投与開始から2時間以内に痛みが大きく軽減され、その効果が24時間持続することが統計学的に証明されました。
私は英語での発表に決して自信があったわけではありません。「どうすれば、この研究の背景にある患者さんの苦しみや願いが、聴衆の心に届くのか」を何度も自分に問い続けました。たどり着いた答えは、完璧な英語を追い求めるのではなく、“心を込めて語る”ことでした。患者さんの想いが少しでも深く伝わるように、短い動画を作成し、プレゼンの中で映像とともに、次の言葉を繰り返し届けました。
All for the patients.
It’s not just about pain relief.
It’s about getting their lives back.
Pain relieved. Life changing.
発表が終わった直後、会場は大きな拍手に包まれました。
日本の学会では経験したことのない、熱気と高揚感に満ちた空気。
その瞬間、私の胸には言葉にならない達成感と深い安堵が広がっていました。
発表に続くポスターセッションでは、Pain領域の専門医をはじめ、大手製薬会社やFacial Pain Associationといった患者団体など、多様な立場の方々が強い関心を寄せてくださり、次々と熱心なディスカッションが交わされました。
これは名誉な出来事であると同時に、「世界が本当に必要としていたものに、一歩近づけたのではないか」という確かな手応えと、深い感謝の気持ちが胸に満ちていました。
そして翌日、学会会場で私のスマートフォンに1通の通知が届きました。
AAN公式アプリを通じて届いたのは、アメリカの医療メディア「Medscape」3からの取材申し込みでした。その場でやりとりを交わし、正式なインタビューを受ける運びとなりました。
担当してくださった記者の言葉は、今も私の胸に深く残っています。
「n数が少ないから、最初は記事にするか正直迷いました。でも、あなたのプレゼンを聞いて心を動かされました。これは世界に届けなければならないと。すぐに編集チームに相談し、全員一致で“記事にしよう”と決まりました。」
この出来事をきっかけに、私たちの研究は思いもよらぬ広がりを見せ始めました。
欧州の European Medical Journal(EMJ)4、ドイツ神経学会(DGN)の公式サイト5、そしてDeutsches Arzteblatt (ドイツ医師会報) 6に取り上げられたことを皮切りに、Springer Nature7やEpocrates8をはじめ、世界各地の医療メディアや患者プラットフォームでも次々に紹介されていきました。
各国でそれぞれの言語に訳され、多くの方々に届いていることを知ったとき、「想いは言葉の壁を越えて届く」ということを、改めて実感しました。
研究成果が国や文化を越えて人の心に届いていく--その光景は、何よりも嬉しく、私たちの挑戦にそっと光を添えてくれるものでした。
ただ一つ、残念なことがあるとすれば、それはこの世界的な広がりが、いまだに日本には届いていないという現実です。
私はこれまで、学会発表や論文化を通じて、自分の役割は果たしてきたつもりでいました。しかし、本当に必要なのは、患者さんの「声」や「希望」に耳を傾け、それを丁寧に、誠実に、社会へ届けること。その想いが、痛みに苦しむ人々や、日々迷いながら診療に向き合う医師のもとに届き、心を動かし、行動につながってこそ、研究は初めて命を持つのだと、気づかされました。
これから臨床研究を志す若い先生へ
研究とは、患者さんに「希望」を届ける仕事です。
たとえ小さな研究でも、苦しみに寄り添う視点と、未来を変えたいという願いがあれば、その想いはきっと世界に届きます。
英語が完璧でなくても大丈夫。大切なのは、「本気で伝えたい」という想いです。
IFT Studyの成果を踏まえ、今後はさらなる多施設ランダム化比較試験(IFT Study 2)へと発展させ、保険収載や治療ガイドラインへの反映など、より実践的なステージへと歩みを進めていきます。
どれほど強固なエビデンスが築かれたとしても、“本当に必要としている人に届けたい”という強い想いがなければ、世界は動かない。
そのことを、私はこの研究を通して痛感しました。
たとえ一人の患者さんのためであっても、未来は変えられる。
私はそう信じて、これからも挑み続けます。
最後に、本研究に多大なるご尽力を賜りましたすべての先生方、関係者の皆さまに、心より感謝申し上げます。
1. S. Noro, T. Hatayama, Y. Iwai et. al; Intravenous Fosphenytoin Therapy for Acute Trigeminal Neuralgia: A Phase 3 Randomized Clinical Trial (IFT Study). 2025 Late-Breaking Science Abstracts. July 8, 2025 issue 105 (1) https://doi.org/10.1212/WNL.0000000000213885
2. 中村記念病院 (筆者 野呂秀策), 水戸ブレインハートセンター (畑山徹先生), 富永病院 (岩井謙育先生), 北野病院 (戸田弘紀先生), 秋田県立循環器・脳脊髄センター (師井淳太先生), NTT東日本関東病院(安部洋一郎先生)
7. https://link.springer.com/article/10.1007/s15005-025-4390-8
写真1: 学会の朝、ホテルからの眺望(右下:コンベンションセンター)
写真2: AAN2025メインホールの熱気
写真3: Late-Breaking Science SessionにてIFT Studyを発表