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神経治療最前線 海外学会参加報告

20th Annual Meeting of American Society for Experimental Neuro Therapeutics (ASENT)

20th Annual Meeting of American Society for Experimental Neuro Therapeutics (ASENT)

藤本陽子 ファイザー株式会社 メディカル・アフェアーズ
永井将弘 愛媛大学医学部附属病院 臨床研究支援センター
藤原一男 福島県立医科大学 多発性硬化症治療学

ASENT 20th Annual Meeting
Hilton Washington DC/Rockville Hotel & Executive Meeting Center in Rockville, MD
March 7-10, 2018

1.はじめに

日本神経治療学会と交流の深いASENT (American Society for Experimental Neuro Therapeutics) の記念すべき第20回年次総会に、日本神経治療学会国際化・創薬委員会から藤原委員長、永井委員、藤本委員の3名が参加した。ASENT年次総会への派遣は2010年からスタートし、今回で9回目である。ASENTについてはこれまでに日本神経治療学会の年次総会や海外学会参加報告で度々紹介されてきたのである程度は認知されていると思うが、「神経疾患の医薬品・医療機器の開発促進に焦点が絞られている」という点で、神経疾患の実臨床を広範に網羅している日本神経治療学会とは大きく異なっている。ASENT設立の発端はトランスレーショナルリサーチの推進に向けての問題意識であり、アカデミア、行政、企業、支援団体の4者が同一の目標に向かって議論を重ねるという、日本には類をみない学会である。例年FDA(Food, Drug and Administration)やNIH(National Institute of Health)のお膝下にあるワシントンDC近辺で開催されるが、今年は昨年と同様にワシントンDC郊外ロックビルで開催された。(図1)

図1

図1:
今年のASENTは20回の節目の会であった。そのためか参加者も245名と、昨年の179名、一昨年の131名と比較して増えていた。

2.2018年ASENTの概要

・総括

今回のASENT年次総会を総括すると、難易度が増す神経疾患の治療薬開発に対するネガティブな議論と、新規テクノロジーによるブレイクスルーを期待するポジティブな議論が炸裂した4日間であった。ネガティブな議論の背景には、神経疾患の臨床試験の成功確率が極めて低いことから大手製薬企業が手を引き始めた現状があり、過去15年間新薬が出ていないアルツハイマー病治療薬の開発が筆頭に語られた。ポジティブな議論としては、デジタルデバイスを用いた新規バイオマーカーや臨床試験の効率化、さらにデジタルデバイスによる精度の高いモニタリングデータの蓄積により可能となるAI (Artificial Intelligence)を用いた治療イノベーション等があった。新薬開発への期待が、メガファーマからベンチャー企業やベンチャーキャピタルにアカデミアに移行した感があった。
学会の最後に大会長から、今回の参加者数は245人との報告があった。その内訳は発表されなかったものの、生粋のアカデミア研究者や神経内科医が少ないことが学会場での交流から推測された。プログラムの座長や演者には大学で要職に就きながらベンチャー企業や支援団体にも所属しているという先生方も多く、ASENTの掲げるアカデミア、行政、企業、支援団体の連携は個人のレベルまできているのかもしれない。

・ASENTトランスレーショナルリサーチコース

学会初日には Pre-Meeting Symposiumとしてトランスレーショナルリサーチコースが開催された。ASENT設立時からの一貫した課題である「トランスレーショナルリサーチの推進」のために必要な知識について包括的に議論された。日本でもトランスレーショナルリサーチにまつわる議論が盛んに行われているが、議論の内容からはやはり米国が一歩先を行っていることを認めざるを得ない。今回のASENTではCIMIT(Consortia for Improving Medicine with Innovation & Technology)という、アカデミア、医療機関、企業、行政のネットワークコンソーシアムが掲げる「ヘルスケア・イノベーション・サークル」という用語が度々登場したが、このヘルスケア・イノベーション・サークルも本シンポジウムのトピックスの一つだった。ごく簡単に要約すると、臨床ニーズを特定し、治療アイデアが生まれ、そのコンセプトが証明されたとしても、その後に臨床応用されるまでの道のりは長く、それぞれの過程において適切なパートナーを見つけることが重要、すなわちコラボレーションが成功の鍵である、といった内容である。
FDAの声が直接聞けることがASENTの強みの一つであるが、本セッションでもFDA神経・精神疾患医療デバイス部 Dr. Carlos Penaによる講演があった。Real World Dataに基づく適応拡大の検討やモバイル医療デバイスのガイダンスなど、PMDAにも是非とも足並みをそろえてもらいたい内容であった。とくにRegulatory Transparencyの重要性を強調されていた点は、2013年に我々国際化・創薬委員会(旧国際化ワーキンググループ)が製薬工業協会を対象に実施した医薬品及び医療機器の開発における問題点に関するアンケート調査において明らかになった「承認審査における照会事項の不透明さに対する高い問題意識」が思い起こされた。
なお、NIH協賛の神経領域の若手研究者を対象とした3日半の集中講座“Training in Neuro therapeutics Discovery and Development for Academic Scientists”がASENTと併催で行われており、トランスレーショナルリサーチコースの一部のセッションはこちらのセミナーとの合同で行われた。このセミナーは研究を臨床治験の実施に必要な知識を包括的にカバーするプログラムで、参加費無料、交通費支給という好条件とのこと。選抜された若手研究者がモチベーション高く参加している様子が垣間見られた。

◆ パイプライン・プレゼンテーションとイブニング・シンポジウム

学会2日目はASENTの名物ともいえるパイプライン・プレゼンテーションが行われた。
開発中の医薬品や医療機器についてアカデミアやベンチャー企業の研究者が順次プレゼンテーションを行うセッションであり、今年は24題の発表があった。内訳はパーキンソン病3件、アルツハイマー病2件、その他の神経変性疾患3件、多発性硬化症2件、脳血管障害2件、てんかん4件、Fragile X Syndrome他の希少疾患が3件、RNAをターゲットにした創薬研究が1件、もう一件は前述のCIMITの紹介だった。例年に比べ、シーズの紹介に比して新規テクノロジーやデバイスに関する発表が多い印象であった。資金提供を求めて気合の入った発表が多かったが、聴講者の数が限られている点が残念だった。

◆ イブニング・シンポジウム:Patient Involvement in Drug Approval

パイプライン・プレゼンテーションの後には、ポスタープレゼンテーションを挟んでイブニング・シンポジウムが開催された。今年のテーマは薬剤承認において患者の声をどう反映させるか、という課題に関してのディべートで、最後には“Petients make Science? or Science makes Patients?”といった掴みどころに迷う疑問も投げかけられ、答えの無い議論を夕食と共に楽しんだ。
Patient Centricityという言葉が今回のASENT全体を通じて頻繁に用いられていたが、その極みがこのシンポジウムだった。アカデミア、行政、企業、支援団体の4つのプレーヤーの意見をそれぞれ過不足なく取り入れているという点で、プログラムの組み方が絶妙と感服した。(図2)

図2

図2:
ポスター会場の様子。ポスター発表は42演題で、日本からの発表はなかった。

◆ テーマ別セッション

学会3日目と最終日は、最新の治療に関するトピックスに関して、ADHD、アルツハイマー病、ALS、てんかん薬物治療、てんかん医療機器、パーキンソン病とテーマを絞ってセッションが組まれた。その他ASENTらしいトピックスとして、治験における被験者の組み入れ促進、最新テクノロジーの治験や神経治療への応用、治療薬の開発への投資、といったセッションが一部並行して行われた。
パイプライン・プレゼンテーションと同様に新規テクノロジーの紹介が多かったが、こちらは実際に臨床応用されている事例の報告が中心で大変参考になった。片頭痛の治験モニタリングにアップルウオッチを配布して臨床効果判定に用いた事例発表もあったが、ウエアラブル・デバイスで、循環器系、運動機能、睡眠、認知機能、言語、精神状態、QoLの測定が可能であり、パーキンソン病の臨床評価UPDRSの判定も在宅で自動的にできるようになるという。正確でタイムリーな評価が可能になり、来院せずに在宅での評価できるので効率性の観点からしても絶大なメリットがある。
学会最後のプログラムは、2018年ASENT会長賞を受賞したDr. Micheal Okunによるパーキンソン病の治療最前線のセッションであった。プログラムの中ではNowthwestern UviversityのDr. Simuniによる IsradipineのRepurposingに関する講演が脚光を浴びていた。
日本ではリポジショニングと呼ばれているが、米国ではリパーパシングという言葉が用いられているようである。確かにリポジショニングはマーケティング用語であり、リパーパシングの方が臨床の観点からは適切な表現と思われた。このリパーパシングは初日のトランスレーショナルリサーチの中でも取り上げられ、新薬開発が難航する中、神経疾患で注目すべきとして議論がなされた。日本でも抗てんかん薬ゾニサミドのパーキンソン病薬としての承認という素晴らしい成功事例があるが、これこそ神経治療学会として注力すべき領域ではと思った。

3.今後のASENTと日本神経治療学会とのかかわり

現ASENT会長のStanford University, Dr. Martha Morrellは今回の年次総会を持って退任され、University of Wisconsin, Dr. Thomas Sutuに引き継がれる。Dr.Sutulaには2018年日本神経治療学会に合わせて来日いただき、特別講演としてASENTの活動をご紹介いただく予定である。
神経治療学会とASENTへの関わりは、国際化・創薬委員会から毎年2〜3名が代表で参加し、時にインターナショナルセッション用の事前調査を行ったり、その場で講演するところに留まっていた。しかし今後は日本の若手神経内科医がASENTに演題を出し、発表する機会をもつことを前向きに検討すべきではないかと思う。神経疾患の治療の進歩を目指してアカデミア、行政、企業、支援団体の4者が同じ土俵で議論するという日本の学会にはないASENTの価値を知り、異なる視点を持って日本の臨床に戻ることは、日本におけるトランスレーショナルリサーチの推進につながるかもしれない。 (図3)

図3

図3:
最終日の朝に開かれたASENT Business Meetingの様子。写真左端の人物が新会長のDr.Sutulaで今後2年間presidentをつとめる。この会議でASENTの学会誌Neurotherapeuticsの2016年度のimpact factorは5.166と高いレベルを維持していたとの報告もあった。

4.おわりに

トランスレーショナルリサーチのセッションの最後で、「研究はお金を消費する、イノベーションはお金を生み出す。研究の延長線上にイノベーションがあると思っていてはイノベーションは生まれない」という、研究者にマインドチェンジを促す強いメッセージが発せられた。詰まるところASENTという学会は、参加者に自分の立ち位置とは異なる視点から考える機会を提供する場なのだと思う。詰め込み式教育の日本と主体的な取り組みを重んじる米国の教育の対比に通じるものを感じた。日本神経治療学会のように学会員も演題発表も多く、著名な先生方の教育講演が複数チャネルで提供され、ランチもセミナーを聞きながら、という密度の濃い学会を誇らしく思う反面、日常と違う角度からの気付きを与えてくれるASENTのような学会も貴重と思った。ASENTは神経疾患領域の医薬品・医療機器の開発促進に焦点が絞られている小規模学会であり、会員数2,000名を超す日本神経治療学会とは横並びに考えるべきものではないが、ASENTの要素を日本神経治療学会の一部としてうまく取り入れることで今後の本学会の発展、他学会と異なる独自の価値の提供につながるのではないかと思われた。

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