会員専用

このコンテンツの閲覧には
会員専用ID・PWが必要です。

神経治療最前線 海外学会参加報告

19th ASENT 2017

19th American Society for Experimental Neuro Therapeutics (ASENT) 報告

新薬開発、治験推進を目的とする医師、規制当局、製薬会社、患者団体(支援団体)などの総合的なフォーラム

愛媛大学医学部附属病院臨床研究支援センター 永井将弘
北里大学医学部神経内科学 荻野美恵子

The ASENT 19th Annual Meeting
March 15 - 17, 2017
Hilton Washington DC/Rockville Hotel & Executive Meeting Center
1750 Rockville Pike, Rockville, MD20852, USA

1.はじめに

2017年3月15日から3月17日に、米国メリーランド州ロックビルのHilton Washington DC/Rockville Hotel & Executive Meeting Centerで開催された第19回米国実験的神経治療学会 American Society for Experimental Neuro Therapeutics (ASENT) に、日本神経治療学会国際化・創薬委員会メンバーとして2名(永井委員、荻野委員)が参加した。日本神経治療学会は2010年からASENT年次総会に委員を派遣しており、今回で8回目となる。これまでの報告にもあるように、ASENTの目的は神経領域の医薬品・医療機器等の開発推進であり、参加者はアカデミア、アメリカ食品医薬品局(FDA)などの規制当局、製薬会社(主にベンチャー企業)所属と多岐にわたる。この点は臨床医を中心とする日本神経治療学会と大きく異なる。また、産官学が集い臨床試験に関して話し合う学会として日本臨床薬理学会があるが、臨床試験は日本臨床薬理学会のテーマのひとつにすぎない。一方のASENTは神経領域の医薬品・医療機器の開発に特化しており、同様な学会は本邦にはみられない。

写真1: ASENTの役割を表しているスライド。ASENTはアカデミア、規制当局、企業、支援団体が一同に会する機会を提供し、神経領域の医薬品・医療機器等の開発推進を目的としている。

2.19th ASENTの概要

本会が開催されたメリーランド州ロックビルは米国国立衛生研究所(NIH)があるベセスダの北に隣接する市で、会場のヒルトンホテルはNIHから車で約15分の距離にある。開催日前日の3月14日は季節外れの寒波のため、ボストン、ニューヨーク、ワシントンDCなどのアメリカ東海岸の都市は大雪に見舞われ、交通機関に乱れが生じていた。そのせいで3月15日午前中の参加者は100名にも満たず、また、プログラム集も届かないというアクシデントのおまけつきの初日となった。参加者の多くは米国国内からで、海外からの参加者は少ない印象を受けた。

写真2: 会場内のパネルには、協賛金額に応じて製薬企業名が掲示されており、協賛金で本会運営資金の半分以上をまかなっていた。

  • プログラム概略
    • 1日目(3月15日)
    • Pipeline presentation (part1)
    • Course in translational research
    • Pipeline presentation (part2)
    • Poster session
    • Careers in neuroscience dinner
    • 2日目(3月16日)
    • Opening plenary: Alzheimer disease: Therapeutic horizon on mirage
    • Plenary session: Hot topics: Big data and Neurotherapeutics
    • Plenary session: Pharmacogenomics for CNS medication discovery, development and prescribing
    • Dinner symposium: Art, music, poetry and the brain
    • 3日目(3月17日)
    • Current symposium: Neuromodulation update: Implantable devices to treat disease/ disorders of the central and autonomic nervous systems
    • Current symposium: Pharmacologic innovations and drug repurposing
    • Current symposium: Hot topics: Neurodegeneration Parkinson’s disease in 2017
    • Current session: Hot topics: Therapeutics in psychiatry and rapidly acting antidepressant
    • Closing plenary: The placebo effect: Causes and corrections for clinical trials

1日目に行われた pipeline presentationはpipeline の字のとおり薬剤の開発初期段階から上市までの開発に関するセッションで、主に製薬ベンチャー企業や大学の研究者が、開発中の薬について約10分間の持ち時間をフルに使い発表していた。セッション全体を通して聞くことで、米国におけるシーズから臨床試験までの取り組みの概要を把握することができる。午前中のpart1では12演題の発表があり、新規治療法に関係する演題は認知症関連が3題、神経疾患に対する遺伝子治療関連2題、多発性硬化症関連1題、ハンチントン病関連1題、パーキンソン病関連1題、慢性疼痛関連1題、副腎白質ジストロフィー関連1題、脆弱X症候群関連1題であった。残りの1題はフランスにおけるATU(temporary authorization of use)の現状と海外での薬事行政に関するものであった。午後のpart2では10演題の発表があったが、午前中とは異なり、疾患バイオマーカー、新規化合物のスクリーニング法、神経系への薬物デリバリーなど多岐にわたるセッションだった。このセッションにおいて、医薬品医療機器総合機構(PMDA)からFDAに出向中の佐久嶋 研先生が「再生医療に関する日本の新しい規制の枠組み」について講演し、関心を集めていた。また、興味深かったのは、医薬品開発に対する投資会社による発表(evidence-based investing in healthcare and life sciences)があり、とても米国らしく印象的であった。日本においては、資金調達が難しく、また、研究者も基礎研究段階では、その後の臨床試験における資金についてはあまり考慮していないことが多い。このため有望なseedsをもっていても、“死の谷”を越えることができず新薬に結びつかないことが多い。日本神経治療学会においても、このような講演があっても面白いかもしれない。

写真3: 佐久嶋先生の発表の様子。

今回から、pipeline presentations と平行して、course in translational research が行われた。Translational research に関する、実践的な方法等を学ぶコースであるが pipeline presentations が ASENT の定番であるため、参加者は多くはなかった。
ポスターセッションは50演題で、その内日本人の発表は3演題であり、やや寂しい印象をうけた。日本神経治療学会のメンバーで、新薬開発に興味のある先生は一度ASENT に参加して、ポスター発表を行うことをお勧めする。
1日目の夜に行われた“Careers in neuroscience dinner” では、FDA、製薬会社、大学、研究施設等それぞれの機関で地位の確立した演者が、それぞれの経歴について講演した。夕食を楽しみながらの会で、若い研究者が将来のcareer pathについて熱心に質問していた。日本神経治療学会会員のほとんどが臨床医だが、新薬開発のためには、臨床医の視点を有する製薬会社の研究員、PMDA 職員も必要である。しかし、career path がはっきりしないため、その道に飛び込むのに躊躇してしまうのが現状である。転職を繰り返す米国ではあるが、若い医師、研究者を刺激するには面白い試みだと感じた。

写真4: Careers in neuroscience dinner

2,3日目のplenary sessionとcurrent symposiumでは、創薬・育薬に関する話題が幅広く講演された。アルツハイマー病、パーキンソン病治療薬の開発戦略、既存薬から別の疾患に有効な薬効を見つけ出すドラッグリポジショニング、神経疾患治療へのビッグデータの活用等の内容が盛り込まれたセッションであった。個人的にはプラセボ効果をテーマとした講演が興味をひいた。プラセボ効果は科学的に検証されてきており、また、臨床試験を成功させるためには、プラセボ効果の影響を最小限に抑える試験デザインの立案が重要であることを再認識した。

3.おわりに

神経疾患治療薬開発に特化した講演を3日間拝聴し、所属機関の垣根をこえた協力があってこそ新薬開発につながることを痛感した。縦割り社会の日本においても、ASENTを参考にして、神経疾患治療薬開発に向けて産官学が一同に会し議論できる場を提供するのも日本神経治療学会の役割の一つだと感じた。また、国際共同治験が増加している現状において、新薬開発のトレンドを感じるためにも、今後もASENTとの協力関係の維持が必要である。
次回のThe ASENT 20th Annual Meetingは2018年3月7日〜10日、今回と同じくHilton Washington DC/Rockville Hotel & Executive Meeting Centerで開催される。

▲Page Top